15. ”First kicks”から垣間見えるNZのサッカー文化について― 日本のサッカー文化との比較 ―

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導入|NZのサッカーシーズンが、始まりました。

先日、今シーズンのFirst Kicksが始まりました。
広い芝生の公園。あちこちに小さなゴール。そして、ボールを追いかける幼い子どもたち。

その周りには、犬を連れた家族がいて、芝生に寝転びながら子どもを見守る親がいて、まるでピクニックのような雰囲気が広がっていました。

コーチの私がそこに感じたのは、「育成の場」というよりも、「コミュニティが集まる場」としてのサッカーの姿でした。

日本でサッカーを始めた私にとって、これはとても美しい光景でした。

First Kicksとは何か?

First Kicksは、ニュージーランド全土で展開されている幼児向けのサッカー入門プログラムです。対象は主に3〜9歳ほどの子どもたち。

ドリルや簡単なメニューをこなし、ゲームをとにかくたくさん行います。

ただ、ボールと触れ合い、体を動かし、笑って帰る。
サッカーへの入り口を多くの子どもに提供する——それを目的にしています。

運営の多くはクラブのプレイヤーや保護者によるボランティアで成り立っています。トレーニングを受けた専門コーチが仕切るというより、地域のコミュニティが「みんなで育てる」感覚で関わっているのが特徴です。

「クラブ」という縦のつながり|First KicksからトップチームまでがOne Club

First Kicksの現場で気づくことがあります。

ボランティアとして子どもたちの相手をしているのが、同じクラブのシニアチームの選手だということです。

3歳の子どもがボールを蹴る横で、週末の試合に出場する大人の選手がその子供たちを見守っています。この光景は、NZのクラブ文化を象徴しています。

NZの多くのクラブは、First KicksからU-6、U-8……そしてシニアチームまで、ひとつのクラブとして繋がっています。

これは「同じユニフォームを着ている」というだけではありません。

同じグラウンドを使い、同じクラブハウスに集まり、同じコミュニティの一員として顔を知っている。小さな子どもは、少し上のU-12の先輩を見て憧れ、U-12の子どもは、トップチームの選手がボランティアで来ることを知っている。

サッカーの「未来の自分」が、同じ場所に存在している。

それがNZのクラブ型育成の、静かだけれど強い部分だと思っています。
そして日本のサッカー文化と大きく異なる点がここにあります。

日本との比較|スクールが「育成」を担う社会

日本でも、幼児向けのサッカー教室は存在します。ただその多くは、専門スクールが運営するビジネスモデルが主流です。

幼稚園や地域に存在するサッカースクールに月謝を払い、コーチから指導を受ける。それ自体は決して悪いことではありません。

でも日本の場合、「育てる責任」がスクールやクラブに集中しやすい構造があります。保護者はどこか「サービスを受ける側」として位置づけられ、育成の現場から少し距離を置いた存在になりがちです。

そしてもうひとつ、日本のスクールベース文化が生む特徴があります。育成と競技が、別々のコミュニティとして分断されやすいということです。小学生のスクール、中学のクラブチーム、高校の部活、社会人チーム——それぞれが別の組織として存在し、縦のつながりが生まれにくい。

さらに、日本では幼い子どもがひとつのクラブに数百人規模の子どもが集まりボールを蹴る光景はほとんど目にすることはありません。それぞれ数十人ほどのクラブに分散されているイメージです。

First Kicksの現場で感じるのは、その規模感の違いもありますが、どんな地域や組織がどんな運営の仕方をしているかという関わり方の違いが大きいです。

「広い公園」があるということ

少し視点を変えてみたいと思います。

なぜニュージーランドでFirst Kicksのようなイベントが成立するのか。その背景には、環境そのものの力があると私は感じています。

NZには、数百人が集まれるほどの広大な公園が、街のいたるところに存在します。入場料もなく、予約もいらない。そこに行けばいつでも芝生がある。

日本の都市部では、これは決して当たり前ではありません。子どもが自由に走り回れる広い芝生のスペースを確保しようとすれば、それだけで相当なコストと調整が必要になります。

NZのFirst Kicksが「ピクニックのような雰囲気」でいられるのは、コーチやプログラムの工夫だけではなく、そもそもそういう空間が地域に存在しているからです。

スポーツの文化は、グラウンドの数と質によっても形作られる。その当たり前のことを、First Kicksの現場は静かに教えてくれます。

犬がいて、芝生に転がって——それでいい

現場の光景をもう少し伝えさせてください。

会場には犬を連れてきている家族も多くいました。芝生に寝転がりながら子どもを眺めている親もいました。お菓子を食べながら、おしゃべりしながら。

日本の「サッカーを見に来た保護者」とは、少し違う空気感があります。

日本では、タッチラインに並んだ保護者が真剣な表情で子どものプレーを見つめ、ときに声をかけ、ときに熱くなる——そんな光景が一般的です。関心の高さや熱量は素晴らしいことです。

でも、First Kicksで感じるのは、「見守ること」と「楽しむこと」が同時に成立しているという状態です。

子どもがボールを追いかける。親は芝生でリラックスしている。その間にも、コミュニティとしての時間が静かに流れています。

これは「無関心」ではありません。子どものサッカーを、家族の時間のなかに自然に位置づけているということだと思います。

まとめ|First Kicksが示す「入口」のかたち

サッカーとの最初の出会いがどんなものか——それは、子どもがサッカーをこれからどう感じていくかに、じわじわと影響を与えます。

First Kicksの現場には、勝ち負けがありません。上手い下手もあまり関係ない。ただ、ボールがあって、友達がいて、親がそばにいて、犬もいる。そして、同じクラブのお兄さん・お姉さんが一緒に走っている。

その「入口」は、サッカーというスポーツの本質——人と一緒に楽しむこと——に、意外なほど近いのかもしれません。

今シーズンも、そんな場所がクライストチャーチのあちこちで始まっています。

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