16.「大学サッカー出身者が、なぜ日本代表に選ばれ続けるのか。― 世界でも珍しい、日本のユニークなサッカー育成ルートについて ―」

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導入|今回のW杯メンバー発表で気づいたこと

今月、FIFA ワールドカップ2026 北中米大会に臨む日本代表26人が発表されました。

久保建英、堂安律、遠藤航——錚々たる顔ぶれの中に、大学サッカーを経てプロになった選手が複数含まれていることに、気づいていましたか?

長友佑都(明治大学)、谷口彰悟(筑波大学)、渡辺剛(中央大学)、早川友基(明治大学)、上田綺世(法政大学)、伊東純也(神奈川大学)、そして塩貝健人(慶應義塾大学)。

今大会こそ負傷で選外となりましたが、日本を代表するウインガー・三笘薫もまた、筑波大学出身です。

世界の基準で考えると、これはかなり珍しいことです。

スペインでもブラジルでもイングランドでも、世界クラスの選手はほぼ例外なく、10代のうちにプロクラブの育成組織を経て直接プロ入りします。大学を経てから世界で活躍するというルートは、グローバルなサッカー界では非常にまれです。

では、なぜ日本では大学サッカーが選手を輩出し続けるのでしょうか。

日本に大学サッカーが根付いている理由

その背景には、日本独自の教育文化があります。

日本では、高校を卒業した後に大学へ進学することが、社会的にも家庭的にも「標準的なルート」とされてきました。サッカーも例外ではなく、プロを目指す選手であっても、大学進学を選ぶことが自然に受け入れられています。

また、Jリーグが1993年に開幕したことで、高卒から直接プロ入りするルートが整備されました。その一方で、「もう少し成長してからプロに行く」という選択をする選手が大学へ進むケースも根強く残っています。

さらに、日本の大学サッカーのレベル自体が高いことも理由のひとつです。筑波大学、明治大学、法政大学、流通経済大学、神奈川大学など、強豪大学のチームはJリーグの下位チームと対戦しても互角以上に渡り合うことがあります。天皇杯ではJクラブを倒す「ジャイアントキリング」も珍しくありません。

大学サッカーは、プロへの「繋ぎ」の場所ではない。 そこは今も、真剣にプロを目指す選手たちが本気でぶつかり合う、れっきとした競技の場です。

実際の大学サッカーの「日常」

ニュージーランドの大学文化と、日本の強豪大学サッカー部の現実はまったく異なります。

週六日活動が当たり前です。 月曜から金曜の五日間は練習、土曜は試合。強豪校になればなるほど、その密度は増していきます。選手の多くは寮生活を送り、食事から睡眠、トレーニングまでを管理された環境でサッカー漬けの毎日を過ごしています。

リーグのレベルも相当高いです。 関東大学サッカーリーグ1部には、すでにプロ入りが内定している選手や、在学中にJリーグの試合に出場できる「特別指定選手」が多く、フィジカル・技術ともにハイレベルです。

私自身の感覚として率直に言うと、NZのナショナルリーグのトップレベルよりも、日本の大学トップリーグの方が競争強度は高いと感じています。これはNZのサッカーを低く見ているのではなく、日本の大学サッカーがそれほど本気の場所だということです。

その熱量が、世界で戦う選手を生み出し続けている理由のひとつだと思います。

高卒プロ入りできても、大学を選んだ選手たち

ここで、ひとつ問いを立てたいと思います。

「プロになれる実力があっても、なぜ大学へ行くのか?」

三笘薫は、川崎フロンターレのユース出身です。Jリーグのクラブ育成組織にいた選手でした。高卒でプロ入りする道も、不可能ではなかったはずです。それでも彼は筑波大学を選びました。

「トップでやれる自信が決定的に足りなかった」「長期的なビジョンでも自分やサッカーを見つめたかった」——これが本人の言葉です。

筑波大では、運動生理学や栄養学を学び、卒業論文のテーマとして「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」を選びました。頭にGoProカメラを付けて、自分のドリブルにおける視線の動きを科学的に分析した。そのアプローチは、まさに大学という環境ならではのものでした。

上田綺世も同様です。中学時代は鹿島アントラーズのジュニアユースに在籍していましたが、ユースに昇格できず法政大学へ進学。3年間の成長を経てプロ入りし、今では欧州リーグの得点王争いを演じるストライカーになりました。

そして伊東純也のケースは、また少し違います。高校時代の所属チームは神奈川県予選ベスト32——全国からは遠く離れた、いわゆる「無名」の公立高校でした。それが大学で開花し、関東リーグで2年連続ベストイレブンを獲得。その活躍を見たプロのスカウトが動き、彼のプロへの道が開かれました。

大学サッカーは、遅咲きの才能が花開く場所でもあるのです。

大学サッカーで本当に得られるもの

では具体的に、大学サッカーでは何が身につくのでしょうか。

技術や戦術の習熟はもちろんです。しかしそれ以上に大きいのが、「組織の中で自分がどう考え、どう動くか」を実践する経験です。

私自身も大学サッカーを経験しています。そこで得たのは、サッカーの技術だけではありませんでした。チームとして練習計画を立て、コーチや監督を自分たちで交渉して契約するという経験もしました。誰かが決めたものをこなすのではなく、「自分たちで考え、動かす」という感覚です。それはピッチの中での判断力にも、確実につながっていたと今になって感じています。

また、大学という場所では、サッカー以外の学問と向き合う機会があります。三笘が大学で身につけた運動生理学的な視点は、プロになってからのコンディション管理にも生かされていると言われています。

塩貝健人は、慶應義塾大学の法学部に在学しながらサッカー部でプレーし、欧州クラブからのオファーを受けて渡欧するまで、サッカーと学業を本気で両立させていました。彼を育てた高校の監督が掲げていた言葉が、「サッカーで日本一、勉強で東大を」。スポーツと学びを対立させるのではなく、両方を本気でやることが人間を大きくする、という考え方がそこにはありました。

技術だけでなく、「頭」と「人間性」を鍛える場所として、大学サッカーは機能しているのです。

世界的に見ると、異質な存在

NZや欧州の保護者の方に、この話をするといつも驚かれます。

「22歳まで大学でサッカーをして、それからプロになれるの?」

そう、なれるのです。それどころか、日本代表に選ばれ、ワールドカップの舞台に立てるのです。

これは、日本のサッカー文化が持つユニークな側面のひとつだと思います。早期専門化・プロ化が世界的な主流になっていく中で、日本は大学という独自のステージを通じて、今もサッカー選手を育て続けています。

正解がどちらにあるかは、一概には言えません。

ただ、上田綺世が法政大学でインカレの頂点を争い、三笘薫が筑波大学で自分のドリブルを科学した経験が、今の彼らを形作っているとすれば——大学サッカーという「回り道」が、実は最短距離だったのかもしれない。

まとめ|子供の将来の選択肢として

Glocal Footballの読者の中には、日本にルーツを持つ方、あるいは日本のサッカー文化に関心を持つ方も多くいらっしゃいます。

お子さんのサッカーの将来を考えるとき、「プロになるなら高校卒業後すぐにプロクラブへ」という一直線のイメージを持っている方もいるかもしれません。

でも、今回紹介した選手たちの経歴は、そうではないルートの可能性を示しています。

日本の大学サッカーは、ただサッカーを続ける場所ではありません。高い競争レベルの中でプレーしながら、組織を動かす力、自分の頭で考える力、そして学問を通じた知的な成長——そういったものを同時に育てられる、世界的にも珍しい環境です。

サッカーを本気でやりながら、大学という場所で人間としても大きくなる。

それは、必ずしも遠回りではありません。NZで育ちながら、いつか日本の大学でサッカーをするという選択肢も、お子さんの未来の一つとして、頭の片隅に置いておいてもらえればと思います。

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